きっかけはタイ vol.20
タイから繋がるライフストーリー
阿部恭子 さん
◆アーティスト / 阿部恭子お絵描き教室主宰
手にしている絵は孤児施設で 買い上げた子どもの作品
絵を描きたい子どもたちが
安心して描ける社会を作りたい。
Q あなたにとってのタイとは?
いっしょに夢を叶えるところ
Kyoko Abe
1967年大分県生まれ。デザイン事務所勤務を経てイラストレーターに。タイ人の伴侶を得て96年にタイ移住。97年、小学館「おひさま大賞」受賞。東日本大震災で被災した岩手県釜石市の
こすもす公園に2013年、ボランティアとともに「希望の壁画」制作。その制作過程を元に16年、絵本『あしたが好き』出版。20年、White Canvas プロジェクトに参画。作品制作・個展のかたわら「阿部恭子お絵描き教室」主宰。


 
- タイとの出会いは?
デザイン事務所に勤めていた頃にトムヤムクンを食べて、こんなにおいしいなら本場で食べてみたいとタイに飛んだのが始まりです。懐かしい匂いがして、肌に合うというか、初めての国とは思えませんでした。

独立してイラストレーターになってからは毎月通うようになり、まるでタイに行くために働いているような状態に。そのうちタイ政府観光庁などから仕事をいただくようになり、繋がりがより強くなっていきました。
- 移住の経緯は?
最初のときからいつか絶対に住みたいと思っていたし、頻繁に来るようになっていたので、タイ語のレッスンを始めたのですが、その先生の友達として知り合ったのが当時留学していた現在の夫です。私から「結婚してください」とアタックして、1996年に移住しました。
- タイで仕事はどのように?
当初は日本から持ってきた仕事のイラストを描いていましたが、タイ国内でも受注できるように営業してみました。それでわかったのは、当時のタイにはイラストレーターという職業がないことでした。職業として認識されていたのは漫画家か画家でした。

企業に就職したこともありましたが1カ月ももちませんでした。絵を描けないことが息ができないくらい辛かった。画家になることに決め、1年後に個展を開きました。同じ頃お絵描き教室を始めて子どもたちに教えるようになり、作品制作、個展、教室を仕事としてきました。
こすもす公園の「希望の壁画」の前で。左から壁を貸した
佐々木社長、阿部恭子さん、公園オーナーの藤井さん夫妻※
 
上:White Canvasの活動で僻地の学校で絵画指導 ※
右 : 昨年12月〜今年1月までサイアム高島屋で開催された個展 It is Wonderful to be Alive から
震災後、釜石こすもす公園で「希望の壁画」制作
- 東日本大震災で被災した釜石で壁画を制作されました。
発端は国連職員の友人から釜石の公園に壁画を描かないかと打診されたことでした。津波で大きな被害の出た釜石では、公園や空地に仮設住宅が建てられ、子どもたちの遊び場がなくなってしまったのです。そこで藤井了さんという方がご自分の畑にこすもす公園を作りました。震災の翌年に完成したのですが、公園の前に大きな工場があって、その灰色の壁が津波に見えると言って泣く子がいたことから、工場の壁に絵を描くことになったのです。

初めてこすもす公園を訪ねたのは2013年の3月でした。被災地を巡り、仮設に暮らす人たちと話して、市役所にも行きました。するとみなさん、不幸な出来事ではなく未来の話をするのです。だから私は明るい希望の絵にしようと決めました。
- 巨大な壁画だそうですね。
幅43メートル、高さ8メートルです。大きくても縮尺の問題なので、勇気があればどうということはありませんが、困ったのは知らされていた比率と違ったこと。それにトタン製で波打っているので、真っ直ぐに見えるように描くのが大変でした。

地元の人たちがボランティアで手伝ってくれるのですが、みなさん絵は素人なので、人数が増えるほど私の朝が早くなりました。その日の絵の具を人数分作らなければならないので。「手伝ってあげているんだ」とか「よそから来た人に何がわかるのか」という声も聞こえてきたし、お互いに理解できなくてもめることもありましたが、ケンカするほど仲良くなっていき、被災者でもあるボランティアの人たちは、絵を描くことに集中することで辛い出来事を忘れられた面もあると思います。

タイから7回通って、1年間で描き上げました。ボランティアは延べ500人です。宿泊場所から公園までの間に踏切があって、毎日絵の具を持って、その線路を踏みながら歩いていきました。

一秒一秒が大切な時間で、それが絵に出ています。壁画は長い時間をかけてみんなで描いたので、みんなの人生の一部が反映されています。たった1年でも最初と最後では全然違って、終盤はみんなの熱意が高まって壁画にかぶりついていた。技術も気持ちも変わっていきました。私にとっても今となっては宝ですし、何物にも代え難い出来事です。

絵を描きたい子どもたちが安心して描ける社会に
 
- White Canvasとは?
2020年にカンボジア、スリランカ、タイで始まった絵画アワードで、アジアのアーティスト発掘のために力を尽くそうと、日本の東方文化支援財団が立ち上げたプロジェクトです。絵を描きたいのに描く環境がない貧しい子どもたちにとって、絵は道楽と見られてしまい、才能の芽が摘まれてしまいます。描きたい子どもが安心して絵を描ける社会を作りたいのです。

具体的には年に1回コンテストを開催して、入賞作品にはICタグつきの証明書を添付して、作品が売買されるたびに一定金額がアーティスト本人に還元されるという新しい仕組みをとっています。

【SDGs×アート】WhiteCanvas
プロジェクトってなに?
- 画用紙さえ買えない環境の子もいますから画期的ですね。
たとえわずかな金額でも意味があります。私はアートの可能性を伝えたいのです。絵は道楽ではなくて仕事に結びつくことを親にも知ってもらいたいのです。たとえば昆虫の絵を描くのが好きな子がいたら、アウトドアグッズや虫除け製品の企業と繫ぐ。子どもとバンコクの企業の間に結びつきができたら様々な展開があり得るでしょう。

White Canvasではスポンサーを探しています。子どもの人生に関わることのできるこのプロジェクトに協力してくださる企業・団体を募集しています。活動資金でも画材の寄付でも、絵を飾る場所の提供でも何でも歓迎です。みんなでアジアの子どもたちを育てていきたい。その理念に賛同してくださる企業の方と繋がりたいです。

私にできるのはアートのことだけ。駆け出しのアーティストだった頃、私自身がしてほしいと思ったことをすべてやりたい。そう思っています。
- ありがとうございました。
取材・文・写真/ムシカシントーン小河修子  写真(※印)/阿部恭子さん提供
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