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    2021年05月17日(月)
海外生活とメンタルヘルス – 新型コロナウイルス感染拡大とどう向き合うか -

昨年来の新型コロナウイルス感染拡大は、グロバリゼーションの進展とインターネットを始めとする技術革命のうねりの中で発生しました。
グローバリゼーションによる恩恵の中断という「喪失体験」が地球規模で発生する一方、テレワークなどの新しい働き方、さらにはワクチンの開発と普及が一挙に進みつつあります。
人類にとって「いつか来た道」であるパンダミックとはどこか異なる今回のコロナ禍と私たちはどう向き合えばいいのでしょうか?

 
海外邦人のメンタルヘルス
海外在留邦人は140万人を超え、数ある邦人コミュニティの中でバンコクは都市別世界第2の人口を擁しています。在留邦人が1万人を超えると日本語による多種多様なサービスが充実してきますが、それでもコミュニティの規模は日本で言うなら小さな町程度なので何かと不便なことはあります。冠婚葬祭、出産、役所での手続きなどに加えてメンタルヘルス不調時の帰国治療もその一つです。日本からほど近いタイでは、「困った時の」一時帰国や家族来訪という選択肢は大きな助けとなっていました。しかしそれは新型コロナウイルス感染拡大以前のことです。

さて、海外生活者のメンタルヘルス対策には「平時におけるケア」と「非常事態におけるケア」があります。
前者は、国内でも発生しうるメンタルヘルスの問題に加えて、海外生活ストレスへのセルフケアが主となります。期待と現実とのギャップがしばしば不調の引き金となり、それまで当たり前にできたことがうまく進まないと、腹が立ったり途方に暮れたりします。さらに気持ちの余裕がなくなると、日本に居たころから持っていた家族間の葛藤が顕わになったり、職場や日本人社会での人間関係に悩んで行き詰まることが多くなります。小規模な邦人コミュニティの中で肥大化した対人葛藤は、国内でのそれよりも深刻なものとなりやすく(愛憎は倍増!)、噂やデマが一人歩きしやすいので注意が必要です。いじめや陰口など日本における社会病理が海外で増幅される「海外での日本化現象」を理解しておくと無用のトラブルを回避できます。

 
後者の「非常事態におけるケア」は、暴動、テロ、大規模事故、巨大自然災害、原子カ災害、パンデミック(大規模感染症)などの大規模緊急事態に遭遇した際にコミュニティとしてのケアが必要となります。事態が長期化して「日本化現象」が顕在化するとメンタルヘルス不調を訴える人々が増え、症状の重篤化はより急速となります。日本人が一致団結した時に底力を発揮できる行動特性には、過度の同調圧力や異端者をはじき出すといった、負の側面もあるのです。怒りのコントロールは特に大事です。「べき」思考にとらわれると、不満、悪者さがし、差別、攻撃といったネガティブな感情連鎖から抜け出せなくなってしまいます。非常事態に発生しうる社会心理的な現象を予測しておくことは有用な備えとなります。
 
新型コロナウイルス感染拡大が引き起こす心理社会的影響
本年3月24日に開催したオンライン講演会の前に頂いたご質問・ご意見をいくつか抜粋してみます(本人が特定できぬよう一部改変)。 
「コロナによる制限などから無気力と不眠、体調不良が続いてる」「休校をきっかけに子どもがゲームばかりやっている」「期待していた一時帰国や父母の来訪もできなくなり、子供にあたってしまう」 「単身赴任でイライラしがち。何かと怒りっぽくなり酒量が増えた」「日本で療養していた親族が亡くなり、最後のお別れを言えなかったのが本当に悔やまれる」等、孤独感や閉塞感、会いたい人に会えない切なさが伝わってきます。パンデミックとの戦いは、新しい病原体との戦いだけではありません。居場所を求め、友を作り、恋をして巣を作るという「孤独から逃れようとする本能」との戦いでもあることがわかります。
一方で、「在宅勤務のおかげで子どもと接する時間が増えた」「配偶者の家事育児負担の大変さが分かった」「これまでのワークライフバランスを見直すチャンスとなった」という声も少なくありません。

感染症に罹患して高熱や呼吸器症状を呈する状態を1次症状(身体的)とすると、行動制限に伴う孤独、不安、不満、怒り、喪失感、無力感などを2次症状(心理社会的)ということができます。さらに行動制限が長期化すれば経済停滞という3次症状が発生し、先行きが見えなくなればなるほど2次症状と3次症状が相乗的に悪化します。このようにパンミックには特有の心理社会的影響があります。非常事態では安全・安心という言葉がセットで使われることが多いのですが、自分が何を恐れ案じているのかを整理するには、両者を区別する視点も大事です。

コロナ禍における海外邦人のメンタルヘルス対策
子ども、高齢者、障がい者、外国人は「災害弱者」と呼ばれます。災害弱者は、時々刻々と変化する状況を正確に把握することが出来ず(情報遮断)、自分の意思で逃げ出すことが困難(自発的移動の制限)な人々です。海外在留邦人の大半は「災害弱者」ということができます。新型コロナウイルス感染拡大は、情報遮断と自発的移動の制限をもたらしています。夥しいネット情報に振り回される中での一時帰国制限は、災害弱者の余力をジワジワと奪います。
 
災害弱者の特性を踏まえると、メンタルヘルス対策の基本も情報遮断および移動制限への対応となります。本当に必要で科学的根拠のある情報を選び、不安を煽る様な情報への暴露は最小限にしましょう。移動制限については、現在のところ直接的な決め手がありません。移動制限そのものより、それがもたらす孤立・孤独への対策について知恵を集めることが肝要です。なお困ったときには早めの相談が予防的ですが、主体的な相談には勇気とエネルギーが必要です。相談行動を助け促し、合わせて相談資源を充実・周知することがコミュニティに期待されます。対面会合が制限されている現況で、オンラインを活用した情報共有や対人支援技法の習得などがすでに実施されていますが,今すぐの支援を要する方にどう届けるかという課題があります。
 
コミュニティ全体が疲弊する非常事態においては、コミュニティ内外の支援団体間の連携協働が求められます。文末に支援団体のサイトを紹介します。行政や学術団体に加えて非営利団体による情報提供や傾聴・相談サービスが充実してきています。いずれも篤志に支えられている素晴らしい活動ですが、持続可能な活動のためには手厚い支援が必要です。こういった支援団体への支援についても今こそ知恵を集める時機と考えます。
 
これまでの世界各地での聞き取り調査から、非常事態において困難を克服する人々に共通して見られたのは「希望を見つける力」と二分法的考え(白か黒か)に陥らぬ柔軟性でした。多様な文化や価値観を軽やかに受け入れ、それでいて自文化理解を掘り下げる熟達の駐在員の方々の経験知には多くのヒントがあります。海外邦人コミュニティには災害弱者という特性がありながら、多くの困難を乗り越えてきたレジリエンス(靱性)が蓄積されていることを強調したいと思います。

寄稿:鈴木 満氏
精神科医、医学博士。精神医療過疎地への遠隔支援をライフワークとし、ロンドンとバンコクでの長期滞在に加え世界120都市以上を来訪。各地の在留邦人メンタルヘルス支援や東日本大震災被災地の長期支援に携わる。
元 在タイ日本国大使館参事官兼 広域メンタルヘルス担当医務官。

 
日本語による新型コロナウイルスおよび海外邦人メンタルヘルス関連サイト
(順不同・重複情報あり)
じょさんしオンライン

※鈴木 満氏には2021年3月24日にオンラインセミナー
「コロナ禍におけるメンタルヘルス~海外生活でひとりで悩まないためのコツ~」にてご登壇いただきました。

セミナーの動画は、タイ国日本人会Youtubeチャンネルにて公開中です。
(第一部)
https://www.youtube.com/watch?v=BdAlSfwC3Ow&t=22s
(第二部)
https://www.youtube.com/watch?v=xn-kGh0c69A&t=7s
(第三部)
https://www.youtube.com/watch?v=1fnyjqd8gYA
鈴木 満:精神科医、医学博士。精神医療過疎地への遠隔支援をライフワークとし、ロンドンとバンコクでの長期滞在に加え世界120都市以上を来訪。各地の在留邦人メンタルヘルス支援や東日本大震災被災地の長期支援に携わる。
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