緑豆のデンプンから作られるつるりと繊細な麺に、ココナッツミルクの芳潤なシロップ。定番の冷たいスイーツ、サーリムは暑い日にことさらうれしいおやつです。
一見、春雨のようですが、サーリムは緑豆デンプンに水を加えて煉りながら火を通した後、底に穴をあけた専用の道具で押し出して冷水にとる製法。一方春雨は、緑豆やジャガイモのデンプンをこねて製麺機で糸状に押し出してゆで、それを冷凍した後、乾燥させるのだそうです。
200年以上前にシャムの王子がサーリムの詩を詠みました。
「甘く美味なるサーリムを味わう ほどよいココナッツミルクの糖液を入れて 憂いが胸を焦がす 龍脳をふりかけてサーリムを食べた」
現王朝の二代目であるラーマ2世(1767〜1824)が王子時代に詠んだ韻文の詩「ガープへーチョムクルアンカオワーン」のなかの一節です。
最後のフレーズ「龍脳をふりかけてサーリムを食べた」の龍脳とは何なのか。調べるとフタバガキ科の大木リュウノウジュから抽出される成分ボルネオールのこと。今では入手困難な天然の龍脳は、木からしみ出した樹脂が結晶化したものだそうです。古来、薬や香料として利用されており、意識をはっきりさせる効能などがあることから、日本では「救心」をはじめ生薬製剤に使われています。
龍脳はタイのお菓子の香りづけに欠かせない蝋燭、ティアンオップの材料の一つでもあります。日本人にとっては匂い袋やお香の高貴な香りの印象で、お菓子のイメージとはかけ離れているため苦手な人が多いのですが、タイの人たちにとってはこれぞタイ菓子という香り。その背景につながっているかもしれない話をタイの友人から聞きました。
氷がタイの庶民の口に入るようになったのは、日本に機械製氷技術が伝わった明治時代とほぼ同時期のラーマ5世時代。氷が手に入らなかった当時は、サーリムのシロップに龍脳を入れていたというのです。龍脳の結晶は清涼感のある香りを発すると共に、気体になりやすい性質をもつため、その昇華熱でシロップの温度を下げる効果があったのでしょう。暑いタイのこと、ひんやり感はそれだけでご馳走です。
さて、冷たいサーリムを召し上がった胸焦がす王子は、龍脳の薬効で憂いが和らいだでしょうか。